日付 |
内容 |
大正3年(1914年) |
台湾総督府殖産局阿里山作業所の管轄下で太平山の森林伐採開始.伐採した木材は輸そりで川まで運搬し、いかだに組んで川で圓山まで運んでいた. |
大正4年(1915年) |
台湾総督府殖産局の組織変更、営林局が設けられる |
大正5年(1916年) |
羅東に営林局の出張所が設置される |
大正9年(1920年) |
営林局が営林署に組織改正される |
大正10年(1921年) |
天送埤に台湾電燈興業株式会社の水力発電所が建設されるため、水運による木材輸送が出来なくなった.そのため、土場-天送埤間の発電所建設用の鉄道を買収、天送埤-歪仔歪間は台南製糖株式会社線を借用、歪仔歪-羅東間を建設開始した |
大正11年(1922年) |
5月台湾電燈興業株式会社の天送埤発電所が竣工する |
大正13年(1924年) |
歪仔歪-竹林(羅東)間を建設が完成し、土場-羅東間全線開通 |
大正15年(1926年) |
旅客営業を開始する |
昭和17年(1942年) |
羅東線鉄道が台湾拓殖株式会社に移管され.官民共同経営となる.正式名称を台湾拓殖鉄道株式会社林業部羅東出張所とする |
昭和20年(1945年) |
日本敗戦後、林産管理局太平山林場鉄路羅東線となる |
昭和52年(1977年) |
台風により土場-天送埤が壊滅的被害を受けて不通となる.その後残りの区間でのみ営業を行う |
昭和54年(1979年) |
旅客減少と復旧費が膨大なため、廃止となる |