台湾48→C34→CK4蒸気機関車
平渓線は、石底(平渓)炭田の石炭輸送のために台陽鉱業が敷設した専用線で、その蒸気機関車1・2号は、1921年(大正10年)に日本車輌で製造されました。しかし、昭和初期に石炭市況の不振が生じ、会社は総督府に補助を求めるようになります。総督府は、台湾全土の輸送を統制する立場から、この路線を鉱山鉄道のままで運営するのではなく、総督府鉄道に組み込み、地域交通および貨物輸送に活用する考えを持つようになりました。そしてこの路線は1929年(昭和4年)に総督府が買収し、平渓線となって旅客営業も開始しました。この機関車も総督府鉄道の48・49号となり、1938年(昭和13年)まで使用されました。その後、48号は1,000mm軌間に改軌されて中国大陸に送られ、戦後はXK51形となりました。一方、49号は台北鉄道に払い下げられ、戦後、台北鉄道が台湾鉄路管理局の路線となったためCK4形となり、1951年まで使用されました。これらの機関車の諸元については、信頼できる資料がまだ発見されていませんが、『日車の車両史』(写真集・創業から昭和20年代まで)には工場で製造中の写真が掲載されており、台陽鉱業1号と説明されています。また、サイドタンクにも台陽鉱業の社紋が描かれています。
48→C34→CK4蒸気機関車 諸元
| シリンダ直径×行程(mm) | N/A | 全長(mm) | N/A |
|---|---|---|---|
| 缶圧力(kg/cm²) | N/A | 全幅(mm) | N/A |
| 火格子面積(m²) | N/A | 全高(mm) | N/A |
| 全伝熱面積(m²) | N/A | 缶中心線高(mm) | N/A |
| 機関車運転重量(t) | N/A | 動輪上重量(t) | N/A |
| 炭水車運転重量(t) | - | 動輪直径(mm) | N/A |
| 燃料搭載量(t) | N/A | 最大軸重(t) | N/A |
| 水槽容量(m³) | N/A | 軸配置 | 0-6-0T |