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台湾80→C38→CK80蒸気機関車

80→C38→CK80画像
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80形は、勾配区間で使用するため1890年にイギリスのダブスで製造された機関車に始まり、のちに鉄道作業局B6形(1892年以前はACクラス、1909年以降は2100形、2120形、2400形、2500形)に属した系列です。その後の日露戦争では中国東北部での戦時輸送に使用するため、大量に増備された機関車です。製造はイギリス(ダブス、ノース・ブリティッシュ・ロコモティブの各工場)だけでなく、ドイツ(シュワルツコフ、ハノーバー、ヘンシェル)、アメリカ(ボールドウイン)及び鉄道院神戸工場で、総計500を超える輌数となりました。台湾の80形はそのうち、1902年(明治35年)から1905年(明治38年)にイギリスのダブス1輌、ノース・ブリティッシュ・ロコモティブ社ハイドパーク工場4輌・クイーンズパーク工場2輌・アトラス工場1輌、及びアメリカのボールドウイン7輌で合計15輌製造されたものです。1輌を除き、いったん国鉄から陸軍に供出されて使用されたものが、1908年(明治41年)から1911年(明治44年)に保管転換または譲渡で台湾に送られました。91号(のちのCK92)は1908年(明治41年)の製造で他のB6から2年も遅れていて、ボールドウインの発注記録では"Imperial Govt. Rys. (Japan)"とあり国鉄の発注であったことがわかりますが、国鉄に所属したことはありません。別資料では"Shibata Bunsky"が発注者と書かれたものがあります。これは横浜の貿易商社の柴田文助で、セール商会の番頭を勤めた後に独立した「柴田文助商店」の店主で、この人物が代理業務を行ったために発注者となっていると考えられます。しかし国鉄に引き取られず、製造後2年を経過してのちに台湾総督府鉄道の所属となった理由は不明です。1938年(昭和13年)の形式名変更でC38形となり、戦後台湾鉄路管理局CK80形となりました。諸元では全長に若干の差があり、87~90は( )内の数値となっています。現在保存されている車輌はありません。

80→C38→CK80蒸気機関車 諸元

シリンダ直径×行程(mm) 406×610 全長(mm) 10,030(10,516)
缶圧力(kg/cm²) 11.3 全幅(mm) 2,438
火格子面積(m²) 1.3 全高(mm) 3,810
全伝熱面積(m²) 92.88 缶中心線高(mm) 1,956
機関車運転重量(t) 49.23 動輪上重量(t) 40.08
炭水車運転重量(t) - 動輪直径(mm) 1,245
燃料搭載量(t) 1.7 最大軸重(t) 13.51
水槽容量(m³) 7.8 軸配置 0-6-2T